- Interview -
「俳優として、制作として経験したすべてが今回の初プロデュースに繋がっています」
~『ブレイキング・ザ・コード』プロデューサー・笹岡征矢 インタビュー ~
老舗劇団から小劇場、映像にミュージカルまで。『ブレイキング・ザ・コード』のキャスト・スタッフには、幅広い分野で活躍する顔ぶれが揃っている。この刺激的な座組を実現させたのは、劇団四季の俳優からゴーチ・ブラザーズの制作へと転身を遂げ、本作で初めてプロデュースを手掛ける笹岡征矢。本作の日本初演は1988年、“古巣”の劇団四季によるものだったが、意外にもそうと知って企画したわけではないという。笹岡が語る本作への想いと上演に至った経緯、そしてホン読み稽古が始まった今、感じている手応えとは──。
書き溜めた“企画ノート”をひっさげてゴーチ入り
── まずは、俳優から制作側に回った経緯をお聞かせください。
高校卒業と同時に研究生として劇団四季に入団し、6年ほど在籍したあとの2014年、代表の浅利慶太さんが劇団を離れたことを機に退団しました。その後、浅利さんが立ち上げた浅利演出事務所の公演を手伝うなかで、浅利さんの目指すような濃い演劇を自分も作りたいと思うようになって。昔から、舞台に立つこと以上に稽古場で作る作業が好きだったこともあって、俳優ではない形での挑戦の仕方もあるのかなと考え始めました。ただその頃の僕は、プロデューサーという仕事があること自体を知らなくて(笑)。しばらくはミュージカルなどの舞台に立っていたんですが、元々戯曲を読むことは好きで、「これをあの人で舞台化したい」と思うことはあったんです。それがプロデューサーという仕事だと気付いた頃にゴーチの伊藤達哉代表と出会い、2019年から制作の仕事を始めて現在に至ります。
── 元々戯曲を読むのが好きだったというのは、具体的には?
浅利さんから、四季は元々ジャン・アヌイやジャン・ジロドゥなどのフランス劇を上演するために立ち上げた劇団だという話をよく聞いていたので、その影響で海外の古典戯曲を読むことが多かったですね。でもプロデューサーの仕事に興味を持った最初のきっかけは、テネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』だったと思います。年齢的には自分がやりたいと思ってもおかしくないトム役を、僕よりもあの人がやったほうが面白いと思ったんですよ。それからは、「このホンをあのキャストとあの演出家でやりたい」みたいな企画をノートに書き溜めるようになって、今ではすごいページ数になってます(笑)。今回の『ブレイキング・ザ・コード』も、元々はその一つなんです。
── 今回の初プロデュースに至るまでに、ゴーチでは制作助手や制作として経験を積まれていますね。
実はゴーチに入る前の2016年にも、井上ひさしさん作の『父と暮せば』を、僕の企画制作で朗読劇として上演してるんですよ。今回演出を担ってくださる稲葉賀恵さんともその時、出演者の一人だった笠松はるさんの紹介で出会いました。稲葉さんの演出も、笠松さんと光枝明彦さんの演技も素晴らしく、それもプロデューサーになりたいと思った大きなきっかけ。ただ同時に、自分には知識も人脈も足りな過ぎると痛感したので、伊藤代表が「まずは制作助手から」と言ってくれたのはありがたかったですね。制作助手として『みみばしる』(2019年)や『ウェンディ&ピーターパン』(2021年)など4本、制作として『セールスマンの死』(2022年)など4本、ラインプロデューサーとして『シラノ・ド・ベルジュラック』(2022年)に携わった経験が、今回に繋がっています。
「人生に無駄なことなんて一つもない」
── 『ブレイキング・ザ・コード』という戯曲に興味を持ったきっかけは?
主人公アラン・チューリングのことは元々知っていて、僕は実在の人物を描いた演劇が好きなので、チューリングの人生を舞台にしたら面白いだろうなと思ったのが最初です。戯曲になっていることを知らなかったので、オリジナルで作りたいと思ったんですが、調べていくと「劇団四季でやってるじゃん!」と(笑)。浅利さんがやった作品なら間違いないと思いましたし、実際に戯曲を取り寄せて読んだらやっぱり面白くて。僕のなかには“浅利イズム”のようなものがずっと流れていて、浅利さんの愛した作品をやることにも意義を感じたので、やるしかないと思いました。これは後付けなんですが、浅利演出で最後に上演されたのが、僕が生まれたのと同じ1990年というところにもご縁を感じましたね。
── 初プロデュースにして、本当に素敵なキャスト・スタッフが揃いましたね。
本当に、運が味方してくれているのを感じます。主演の亀田佳明さんは舞台でよく拝見していて、いつか絶対にご一緒したいと思っていた方。水田航生さんと堀部圭亮さんとは、『ウエスト・サイド・ストーリー』(日本キャスト版 Season1/2019年)で俳優として共演していて、自分が裏に回ってからもご一緒したいとやはり思っていました。加藤敬二さんと保坂知寿さんは、“浅利イズム”を受け継いでいくにあたって、浅利さんと長くお仕事されていた方の力をお借りしたくてお声がけした二人。加藤さんには劇団時代、同じ役を演じることが多かったこともあって、すごくお世話になったんです。浅利さん以外の演出を受けたことがないそうなんですが、「僕で良ければ」と言ってくださって。保坂さんとは、在団時期が重なっていないので面識がなく、一方的に観ていた“憧れの人”なんですが(笑)、快諾してくださり良かったです。
演出の稲葉さんとは『父と暮せば』からずっと関係性が続いていて、翻訳の小田島創志さん、音楽の阿部海太郎さんと出会えたのは稲葉さんのご紹介。2021年にゴーチが仙台に構えたスタジオで、上演を目的としないクリエイションの企画を僕が担当した時、まず声をかけた稲葉さんからご提案があったのが小田島さんと阿部さんでした。すごく良いクリエイションができて、いつかまたこのメンバーでと思ってはいましたが、お忙しいお三方ですから、こんなにすぐに実現するとは思っていなかった。本当に色々なご縁が今回に繋がっているので、人生に無駄なことなんて一つもないんだなと、改めて感じています。
── GORCHチャンネルで公開されているスタッフ打ち合わせの様子からは、この作品に対する皆さんの前向きな姿勢が伝わってきます。
そうですね。美術・衣裳の山本貴愛さんはチラシの打ち合わせ段階から、稲葉さんと一緒に方向性を考えてくださいました。衣裳デッサンもすごく早い段階で描いてくださったから、本番の衣裳で撮影することができたんですよ。照明の吉本有輝子さんも舞台監督の鈴木章友さんも、とにかく皆さんが非常にありがたいことに、悩みながらも楽しんで取り組んでくださっていて。打ち合わせ現場を公開する機会なんてなかなかありませんから皆さん恥ずかしがってましたけど(笑)、演劇って大変そうなイメージがあるかもしれないけど楽しいものなんだよって、伝わる動画にもなった気がします。
自分自身と具体的に照らし合わせて観られる作品に
── 既に粗訳台本でのホン読みも行われたそうですが、率直なご感想は。
自分で言うのはアレですけど……率直に言って完璧なキャスティングだなと(笑)。自分で読んでいる時も面白かったですが、俳優さんの声で聞くとますます面白いんです。皆さんが役について、深く考えた上で臨んでくださっているのもすごくありがたかった。まだ想像し切れてはいないですが、僕が観客として観たかった演劇ができる予感がしてますね。
── 笹岡さんが感じている面白さ、ぜひ詳しく教えてください。
僕は舞台って、歴史の再生の場でもあると考えてるんですね。実在の人物を描いた作品が好きなのも、映像と違って目の前で演じている姿を観ることで、歴史の目撃者になれる感覚があるから。自分自身と具体的に照らし合わせ、ぶつかり合うようなことができるのが、舞台ならではの面白さだと思っています。この作品は、実在の人物を描いている上に、同性愛という今の時代にビビッドなテーマを扱ってもいる。劇場で目撃することで、家に帰ってからも、何かがずっと頭の片隅に残っているような感覚になる作品だと思います。
そうしたテーマの面に加えて、構造もとても魅力的な戯曲です。登場人物が入れ代わり立ち代わり現れたり、時代が戦前・戦中・戦後を行き来したりするから、観ている側はチューリングの脳内に入り込んだような気分になるんです。チューリングの脳内には、希望なのか絶望なのか分からない、色々なものがちりばめられています。天才が故に、たくさんの資料を読んでも実際の彼が何を考えて生きていたかはよく分からないところがあるんですが、戯曲は皆さんに伝わるように書かれていますので、お客様にはぜひ、彼の人生を一緒に辿っていただきたいですね。
── やはり相当、刺激的な舞台になりそうですね! では最後に、プロデューサー・笹岡征矢としての今後の展望をお聞かせください。
これまでは海外戯曲を中心に考えていましたが、今後は日本の作品も扱っていきたいですし、僕はミュージカル出身なので、オリジナルミュージカルを作りたいというのも目標としてあります。僕のノートには色々な企画が書かれてますよ(笑)。それと、これは少し大きな話になりますが、僕には松山に住む姪っ子と甥っ子がいまして。僕自身も松山出身なんですが、子どもの頃、愛媛まで来てくれる公演って劇団四季しかなかったんですよ。姪っ子と甥っ子が演劇に親しみやすい環境作りは、何かしらの形でできたらなと。何にしても、企画制作というものは一人でできるものではないので、演劇界を皆さんと一緒に、色々な方向から盛り上げていけたらと思っています。
聞き手=金田明子
構成=町田麻子